砂の文明 石の文明 泥の文明 [学問]
イスラム圏は「砂の文明」であり「ネットワークする力」
欧米は「石の文明」であり「外に進出する力」
東アジアは「泥の文明」であり「内に蓄積する力」が本質である。
各地域の歴史や宗教、自然環境などを検証し
それぞれの文明の特徴について、わかりやすく解説している。
なかなか興味深い比較文化論だったが、
検証の言い切り感と「泥の文明」への期待感が強いため、
あくまで一つのモノの見方として参考にしたいところだ。
欧米は「石の文明」であり「外に進出する力」
東アジアは「泥の文明」であり「内に蓄積する力」が本質である。
各地域の歴史や宗教、自然環境などを検証し
それぞれの文明の特徴について、わかりやすく解説している。
なかなか興味深い比較文化論だったが、
検証の言い切り感と「泥の文明」への期待感が強いため、
あくまで一つのモノの見方として参考にしたいところだ。
高度成長 [学問]
脱「成長」戦略――新しい福祉国家へ [学問]
性と柔: 女子柔道史から問う [学問]
バルセロナ五輪柔道銀メダリストにして社会学者の著者が
不祥事の続く柔道界の根底に流れる問題を解き明かそうとしている。
現在、語られている講道館の柔道正史に描かれていない秘史、
大日本武徳会の存在を振り返ることで、
柔術、柔道の技術的変遷や女子柔道が
どのようにして扱われてきたかを検証している。
また、柔道の海外普及に伴って
諸外国で女子柔道が立ち上がっていき、大会が開催される経緯も詳細に描かれており、
黎明期を知る上で興味深いものがあった。
多発する柔道事故や体罰問題、
実績至上主義の全柔連についても
触れられており、柔道界の特殊な体質が伝わってくる。
いろいろあった柔道界の問題点がわかりやすくまとめられていた。
不祥事の続く柔道界の根底に流れる問題を解き明かそうとしている。
現在、語られている講道館の柔道正史に描かれていない秘史、
大日本武徳会の存在を振り返ることで、
柔術、柔道の技術的変遷や女子柔道が
どのようにして扱われてきたかを検証している。
また、柔道の海外普及に伴って
諸外国で女子柔道が立ち上がっていき、大会が開催される経緯も詳細に描かれており、
黎明期を知る上で興味深いものがあった。
多発する柔道事故や体罰問題、
実績至上主義の全柔連についても
触れられており、柔道界の特殊な体質が伝わってくる。
いろいろあった柔道界の問題点がわかりやすくまとめられていた。
人間失格?―「罪」を犯した少年と社会をつなぐ [学問]
近年、報道される機会が増えた少年犯罪について
社会学的に分析している。
少年の凶悪犯罪は一貫して減少傾向にあるが、強盗犯は増加している。
強盗犯の増加は少年が凶悪化したからではなく、
窃盗の方法が稚拙化したためである。
犯罪件数、認知件数、検挙件数の間にはギャップがあり、
その部分を「暗数」と呼ぶ。
現代の少年犯罪はかつての非行少年グループが有していた非行文化を継承することなく行われているため、方法が稚拙化している。
(言葉巧みに脅しをかけてカツアゲするのではなく、いきなり凶器で殴って金を巻き上げたり、バイクを盗むのにも直結するのではなく、突然、持ち主に襲いかかって奪ってしまう。等々)
そのため犯罪の段階を踏むこと無く(例:万引き→シンナー→窃盗→強盗→傷害→殺人)
凶悪犯罪に手を染めることになる。
少年犯罪は集団化していると言われているが、
仲間同士の結びつきは弱い。
絆が弱いから場の空気に逆らえず、集団で犯罪行為に及んでしまう。
体感治安が悪化したのは、どこで犯罪に巻き込まれるかわからなくなったから。
かつては非行グループがいる盛り場に気をつければよかったが、
今は普通の少年達が場所を選ばず突発的に犯罪行為に及ぶ。
少年は未熟な存在でその犯罪は社会の病理であり、
貧困や社会的に不幸な境遇にいるため犯罪に至ることが多かった。
しかし現代では恵まれた普通の子供が罪を犯す。
そこで個人の病理が問題になる。
また少年は未熟な存在ではなく、
1人の人格として認識されるようになった。
そのため大人と同じような厳罰化を求める風潮が強くなった。
しかし厳罰化を進めたところで果たして生活しやすい社会になるのかは疑問である。
誰もが被害者だけでなく、加害者、またその関係者になる可能性もあるからだ。
犯罪に怯えて我が子を匿って生活するより、雑多な価値観の中で育てるほうが、
いざ自分が暗黒的なものに陥ったとき、対処できる可能性があると
著者は主張している。
少年犯罪や最近の若者たちについて詳細に分析されていた。
大人の抑圧が減ったため自由に生きることができ、
モノの手に入りやすい今の時代は恵まれていると思うが、
人間関係の問題は普遍的につきまとうもので、逃れることはできない。
そのためいつの時代でも生きづらさを感じる層はいるのだろう。
社会学的に分析している。
少年の凶悪犯罪は一貫して減少傾向にあるが、強盗犯は増加している。
強盗犯の増加は少年が凶悪化したからではなく、
窃盗の方法が稚拙化したためである。
犯罪件数、認知件数、検挙件数の間にはギャップがあり、
その部分を「暗数」と呼ぶ。
現代の少年犯罪はかつての非行少年グループが有していた非行文化を継承することなく行われているため、方法が稚拙化している。
(言葉巧みに脅しをかけてカツアゲするのではなく、いきなり凶器で殴って金を巻き上げたり、バイクを盗むのにも直結するのではなく、突然、持ち主に襲いかかって奪ってしまう。等々)
そのため犯罪の段階を踏むこと無く(例:万引き→シンナー→窃盗→強盗→傷害→殺人)
凶悪犯罪に手を染めることになる。
少年犯罪は集団化していると言われているが、
仲間同士の結びつきは弱い。
絆が弱いから場の空気に逆らえず、集団で犯罪行為に及んでしまう。
体感治安が悪化したのは、どこで犯罪に巻き込まれるかわからなくなったから。
かつては非行グループがいる盛り場に気をつければよかったが、
今は普通の少年達が場所を選ばず突発的に犯罪行為に及ぶ。
少年は未熟な存在でその犯罪は社会の病理であり、
貧困や社会的に不幸な境遇にいるため犯罪に至ることが多かった。
しかし現代では恵まれた普通の子供が罪を犯す。
そこで個人の病理が問題になる。
また少年は未熟な存在ではなく、
1人の人格として認識されるようになった。
そのため大人と同じような厳罰化を求める風潮が強くなった。
しかし厳罰化を進めたところで果たして生活しやすい社会になるのかは疑問である。
誰もが被害者だけでなく、加害者、またその関係者になる可能性もあるからだ。
犯罪に怯えて我が子を匿って生活するより、雑多な価値観の中で育てるほうが、
いざ自分が暗黒的なものに陥ったとき、対処できる可能性があると
著者は主張している。
少年犯罪や最近の若者たちについて詳細に分析されていた。
大人の抑圧が減ったため自由に生きることができ、
モノの手に入りやすい今の時代は恵まれていると思うが、
人間関係の問題は普遍的につきまとうもので、逃れることはできない。
そのためいつの時代でも生きづらさを感じる層はいるのだろう。
人間失格?―「罪」を犯した少年と社会をつなぐ (どう考える?ニッポンの教育問題)
- 作者: 土井 隆義
- 出版社/メーカー: 日本図書センター
- 発売日: 2010/09/15
- メディア: 単行本(ソフトカバー)